Latter Rain-Testimony (証)

日常の生活で生まれるクリスチャンの小さな証を綴っていきたいと思います。

「怒り」の感情からイエス様の「忍耐」を学ぶ

子育てをしていなかった時には思いもよらなかったような“獣のような自分”が住んでいることに気づかされる事があります。

毎日通学に片道約1時間かけており、週3で習いごともしている小学4年の娘は朝と帰宅後が時間との闘いです。「早く夕食(宿題・お風呂などを)しなさい!」と急かす私。「え~、ちょっと待って」ゲームなどリラックスしながらなかなか行動を起こさない娘。このやりとりが毎日、毎回繰り返し続きます。

そうこうしているうちどんどん就寝時間が迫ってくる・・・結果、娘の睡眠時間は短くなり、成長ホルモン分泌の機会(夜10時以降)を逃し、朝起きられず、朝食も摂れず・・このような不健康につながっていくようなループに入らせまいと必死になる中、娘に対する幾度の注意喚起がとうとう雷のような激しい怒りに変わります。

遂にそれをマグマのように刺々しい言葉として私の口から噴き出す事を抑えることができません。その時は娘も怒りモードに変わり、泣きじゃくり、収拾がつかない状況に。

クリスチャンになって5年以上も経ったものの、このような激しい怒りの感情が自分の内側に住んでいるのかと愕然とし、みじめな思いで神様に悔い改めをします。「神様、娘の命にもかかわることですので、本当に必死の思いで、つい・・」と言い訳したくなりますが、神様からの答えは「御霊の実である自制をもっと学ばなければならない、特に怒りの衝動を抑える必要がある」でした。

このように、日常の小さな家族とのやり取りを通じて、神様は私の罪をあぶりだし、そして悔い改めまでしっかり導いてくださいます。

古代イスラエルが神様を忘れたとき、古代ローマによるエルサレム崩壊の時、また恩恵期間が間もなく閉じるこの現代の終わりの時には、剣(戦争)、飢饉、疫病、野獣(テロ事件など)という一定のパターンをもって世に艱難が降りかかると聖書に書かれています。神様はそれが起こることを許され、その艱難から私たちを神に立ち返らせようとされることも書かれてあります。

今、人々の心は怒りに満たされています。会社では大人たちが怒りと憤りに満ちています。子供たちは親や先生のいうことを聞きません。そんな中、神様の民には「最後まで忍耐しなさい」との励ましの言葉があります。イエス様が経験された「忍耐」を身に着けるためには聖霊様を切に求め、変えられるように祈り続けることしか方法がありません。今日もこの約束を信じて聖霊様を求めていきたいと思います。

 

ヨハネの黙示録3:10

あなたが、わたしの忍耐について言ったことばを守ったから、わたしも、地上に住む者たちを試みるために、全世界に来ようとしている試練の時には、あなたを守ろう。